ASK EXPERTS – VOL.011に分田先生の特集記事が掲載されました

※現在掲載先ページが掲載終了しているので分田先生のインタビュー記事のみ転載しています。(承諾済)

ASK EXPERTS – VOL.011 分田貴子
2015-06-26

東京大学医学部附属病院乳腺・内分泌外科の分田貴子医師による、がん患者へのカバーメークが注目を集めています。分田先生は抗がん剤などによって引き起こされる外見変化に悩むがん患者さんの切実な声を聞き、同病院の「カバーメーク・外見ケア外来」で患者さんのケアにあたっています。分田先生に話をうかがいました。

分田貴子(わけだ・たかこ)
2002年、東京大学医学部卒業。2013年より東京大学医学部附属病院乳腺・内分泌外科助教。2012年イギリスChanging Facesスキンカモフラージュプラクティショナー研修修了。

 

――分田先生がカバーメークに携わるようになったきっかけは何でしょうか。
4年ほど前、国立がんセンター中央病院で抗がんワクチン療法の研究に参加している患者さんに出会ったのがきっかけです。全身的な副作用が少ないといわれるワクチン療法ですが、身体には赤い接種痕がたくさん残っていました。見た目もあまりよくなくて、周りの先生に「患者さんはワクチン痕を気にしているのでは?」と聞いてみたのですが、「治療のためだから仕方がないし、患者さんもそれほど気にしていないはず」との答えが返ってきました。本当にそうなのかなという気がして、患者さんに聞き取り調査を行ったのです。

すると、「皮膚よりも命のほうが絶対に大事」という患者さんも確かにいらっしゃったのですが、多くの方が「本当は気になっている」と漏らされました。それどころか、「半袖が着られない」とか、「プールや温泉に行けない」など、ワクチン痕のために諦めていることが多いことも分かりました。医療者としてどうするべきかを考えていたとき、患者さんが「隠せるものなら隠したい」とふと言われまして、「何か隠せる手段はないか」と探しているうちに、カバーメークにたどりつきました。

カバーメークは、カバー効果の高い肌色のクリームを塗ることで、気になる部分を目立たなくするための化粧技術です。イギリスに講習を受けに行ったのですが、イギリスでは、カバー用のクリームに健康保険が適用されるなど、カバーメークが医療制度に組み込まれているのが印象的でした。

外見変化に対する患者さんの実際の思いを聞き取り調査した分田先生

――その後、東大病院の乳腺・内分泌外科でカバーメークの活動を始めたのですね。
はじめは、乳腺・内分泌外科の患者さんを対象に「カバーメークで気持ちが明るくなるか?」という研究を行っていたのですが、他科の患者さんからも問い合わせをいただくようになり、「カバーメーク外来」を開設して相談を受け始めました。

これまで、手術の傷あとや、抗がん剤による肌の黒ずみなどは、治療のために仕方のないものと思われ、それに対するケアの重要性は認識されていませんでした。ですが、カバーメークを行うことで、傷あとが隠れて温泉に行けたり、肌色が明るくなって外出の機会が増えたりと、QOLが向上している患者さんは少なくありません。カバーメークという外見ケアによって、患者さんは「治療だから仕方ない」と我慢するのではなく、治療を始める前と同じ生活が出来る可能性が広がります。

「カバーメーク外来」というと、私がただメークしているというイメージがあるかもしれませんが、実際は、ほとんど患者さん自身にやってもらっています。ご自宅では、毎日自分でやらなくてはならないものですから、「自分でできる」ということがいちばん大事だと考えています。そのためにも、なるべく使いやすいクリームを用いたり、簡単な方法をアドバイスするようにしています。
以前は、「塗るのが面倒」とか、「温泉で落ちた」というご意見をいただいたこともあったのですが、現在では、ワンタッチで塗ることができて、温泉でも簡単には落ちないようなクリームも市販されているので、気軽に試していただけるようになっています。

もちろん、がん治療中の患者さんのお悩みは、抗がん剤の副作用による脱毛や爪のダメージなどさまざまなものがあり、カバーメークだけで解決できるものではありません。現在は「カバーメーク・外見ケア外来」と名称を変えて、ウィッグの相談や眉の描き方のアドバイスなども行っています。

カバーメ-ク前の手術痕(左)とカバーメ-ク後(右足)の手術痕

――女性は特に外見の変化を気にしますので、カバーメークは心強いです。
男性も同じだと思います。男性患者さんの相談はたしかに少ないですが、お孫さんと一緒にお風呂に入りたいので……と、相談に来られた男性もいました。
この方は、おなかに大きな手術のあとがあって、手術直後は「命の勲章ですよ」という担当医の言葉にとても感動されていたらしいのですが、カバー用クリームを塗りながら、「でも、それだけじゃないんですよね」と言われていたのが印象的でした。
男性の場合、メーク自体に抵抗があることも多いですが、カバーメークによって、生活の幅が広がる方は実はかなり多いのではないかと感じていて、いかに男性にも受け入れていただくか、これからの課題と考えています。

――患者さんはどのように「カバーメーク・外見ケア外来」を受診するのですか。
基本的に月曜午前の乳腺・内分泌外科を予約受診していただいていますが、私の予定が合えば、それ以外でも予約をお受けしています。院外の方は、まず、東大カバーメークグループtodai-cm@live.jpにメールでお問い合わせいただければと思います。
院内では、看護師さんから「患者さんがカバーメークのお話を聞きたいようです」とか、「爪がボロボロになっている患者さんがいます」といった連絡をいただき、患者さんのところに出向いてお話をうかがうこともあります。

――東大病院のレセプションルームでは、「ウィッグ展示会試着会」や、乳がん用下着類を展示する「女性患者さんへの外見ケアの会」が定期的に催されていますね。
東大病院では、そういった外見ケアに必要な製品にアクセスできる環境があまり充実していなかったので、2年前に「ウィッグ展示試着会」を始めました。治療中のウィッグは悲しいイメージになりがちなこともあり、ここでは季節に合わせた飾りつけや、金髪ウィッグなどの展示も行っています。

複数のメーカーがウィッグを展示しているので、患者さんはさまざまなスタイルを試着できる

ウィッグも盛り髪にセットアップすることができる。結婚式やパーティーに便利

「女性患者さんへの外見ケアの会」は、2014年末から始めました。乳がん患者さん向けの下着にはさまざまな配慮がされており、マジックテープで前止めできるものや、肌への負担がないよう縫い目が外側にあるものもあります。
また、お気に入りの下着にパット用のポケットをつけるといった細かい対応をしてくれるメーカーさんも来ていますし、下着だけでなく、リアルに作られた人工乳房なども展示しています。

乳がん患者向けの下着。最近では黒や赤などオシャレなものもある

欠損部位に合わせたパッドがオーダーメイドできる

人工乳房は胸に接着したまま温泉に入ることもできる

これらのイベントでは、普段はプロの美容家として働く方々が、ボランティアとしてネイルやメーク相談、フェイシャルケアなどを無料で行ってくれているのですが、患者さんからとても好評で、リピーターも多いです。
特に、患者さんが盛り上がるのがネイルです。抗がん剤治療中は臭いにも敏感になり、ネイルカラーの臭いがいやという患者さんも多いですが、ここで使うのは水ベースのマニキュアで強い臭いがしません。爪にも優しい製品ですし、アルコール消毒綿で落とせますので安心して使っていただけます。
もちろん、抗がん剤の副作用で、爪がもろくなり、ボタンがかけられない、物が掴めないないといった支障が出ている患者さんには、単におしゃれなネイルカラーを楽しんでいただくだけではなく、きちんとしたネイルケア指導を行ってもらっています。私もごく簡単なネイルケアはできるように勉強しました。

患者さんにネイルケアをする分田先生

患者さんが使いやすい商品改良にも余念がない

――ところで、分田先生は東大病院リハビリテーション部で鍼灸治療の見学実習を受けていたそうですが、何か経緯があったのですか。
糖尿病性の疼痛に対して鍼治療が行われているので、しびれを伴う抗がん剤の副作用に鍼が有効なのではないか、と考えたからです。週に1回見学実習を受けていました。鍼灸の診察では患者さんとしっかり向き合って話を聞き、患者さんに触れて、治療が行われます。その様子にとても感銘を受けました。
鍼灸の先生方は全身をくまなく診察されるので、薬の副作用による皮膚や爪の変化に気づかれていることもあります。医師が見逃すような、患者さんのつらさを理解されていることも多く、学ぶことも多かったですね。
なので、一昨年に立ち上げた外見ケアワーキンググループには、リハビリテーション部物理療法部門主任の粕谷大智先生にも参加していただいています。

――今後の目標を教えてください。
現在、「ウィッグ試着会」「女性患者さんイベント」はいずれも月に1回ずつですが、患者さんにとっては、ウィッグや下着など、いつでも試せる環境が必要だと思います。これらの製品を常設し、自由に試着できるスペースを院内に作ることができればと考えています。
さらに、イベント会場では、ネイルケアなどを受けながら、患者さん同士で楽しそうにお話が盛り上がっていることも多いので、そのスペースが単に製品を飾るだけではなくて、患者さんが自由に集まって、気軽なおしゃべりを楽しめるサロンのような場所にもなったら、もっといいだろうなあと思います。